山口の伊勢神宮

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 「お伊勢さん」と言えば、三重県にある伊勢神宮を思い浮かべると思います。
とても有名な神社で、観光客も多く訪れています。

この伊勢神宮は、天照大御神を祀っている神社で皇室のご祖先の神様でございます。
古くから国民から親しまれている神様です。

そんな「お伊勢さん」は、山口にもあります

それも山口県庁のすぐ近くに!

室町時代大内氏

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大内義興

室町時代に、大内氏は山口に本拠を置いていましたが、京都で応仁の乱がおこり、
その兵火で京都が焼け野原になっていましたが、地方である山口は平和で豊かでした。

そこで、焼け野原になった京都から、公家や文化人などが山口に多く移住したため、
山口は西の京都といわれるほどの繁栄を誇りました。

大内義興の時代に、明応の政変によって前将軍足利義稙が京都から逃亡し、山口に来て大内義興にたよりました。
義興は、永正5年(1508年)6月、これを奉じて上洛し、以後11年間、管領代として将軍に代わって日本の政治にあずかりました。
この間大内氏の武力と財力はよく京都の治安を守り、応仁の乱後はじめて京都に平和が戻りました。

山口大神宮

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山口大神宮

山口大神宮は、永正17年(1520年)に大内義興が朝廷に奏聞して勅許を得て、
伊勢皇太神宮の御分霊を歓請した神社です。

大内義興は、守護代をつとめていたころに、伊勢神宮を訪れているので、
その荘厳な神霊にうたれ、ぜひこの神霊を山口にもお迎えしたいという心をおこしました。
そして、山口に帰ったあと、伊勢神宮と同じ形式でこの山口大神宮を造りました。

当時伊勢の神霊を迎えた神社はこの山口大神宮のみだったので、伊勢信仰が盛んだった江戸時代には、伊勢参りといって九州や中国地方など各地からこの山口大神宮に参拝する方が多かったと言われています。

これは個人的な推測ですが、応仁の乱の後山口には京都から多くの公家や文化人が訪れています。公家や文化人のなかには、皇室のご先祖様であり、日本の最高神である伊勢信仰の人が多かったので、その人たちのために造ったというのもあるのではないでしょうか。

また、当時は戦国時代で大内氏の周りには、安芸や備後の国人衆や山陰の尼子氏、九州の大友家などがいました、伊勢神宮は当時全国の武士から崇敬されていたので、
山口の鎮守と大神宮を造る経済力と伊勢神宮の権威を借りて、周辺諸国をけん制しようとした狙いもあるのではないかと思います。
特に対立関係にあった尼子氏のいる山陰・出雲国は、
古来より神の国とされていましたし、杵築大社(出雲大社)もあります。
大内氏が山口大神宮を造ったころ、尼子氏も杵築大社を造営しました。

御祭神

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神様は、階段を上った先にいます。
とても静かな場所です。
神聖な場所というか、遺跡というような感じがする場所です。

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豊受大御神

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天照大御神

なんだかパワーをもらえるような気がする場所です。
山口を訪れる際はぜひ立ち寄ってみてください!

 

公式ホームページ↓

山口大神宮 - 西のお伊勢さま