自然を守る迫力の大火災~阿蘇の野焼きと小さなチョウ~

野焼きや山焼きは、古来より全国各地で行われています。
特に有名なものは、山口県秋吉台の山焼きや福岡県平尾台の野焼き、

そして、熊本県阿蘇の野焼きです。

 

今回は、熊本県阿蘇地域の野焼きを記事にします。

 

 

阿蘇地域について

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噴煙をあげる阿蘇山



九州のほぼ中央に位置する阿蘇山
阿蘇山は、東西約18km、南北約25kmの大きなカルデラを形成していて、

そのカルデラ一帯が草原となっており、

熊本県の観光の名所となっています。

 

阿蘇地域は降雨量が多く、浸透性の高い火山性土壌に覆われているため、
阿蘇地域に降った雨のことごとくが地下に浸透するので、

豊富な地下水の恵みをもたらしてきました。

 

阿蘇地域の主要な産業は一次産業である農業や畜産業です。

農業では、熊本県の主要作物であるイチゴやトマト、アスパラガスなどを中心に、

多くの品目の生産が行われています。

 

畜産業では、有名な「阿蘇のあか牛」を中心に、

広大な草原を利用した放牧が行われています。

 

阿蘇地域は、阿蘇くじゅう国立公園に指定されており、

雄大な草原の中に多くの希少な生き物が生息しています。

 

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左:阿蘇のあか牛、右:絶滅危惧種のダイコクコガネ

阿蘇の地域の野焼き

阿蘇地域の雄大な草原と多くの希少な生き物を維持してきたのが、

野焼き」です。

 

阿蘇地域の野焼きは主に、放牧牛に有害なダニの駆除や

牧草地を保護する目的で行われてきました。

 

その歴史は古く、天和2年(1682年)の熊本藩の記録には、
火入れを中止すると草生が悪く、マグサの生産が落ちるという記述があったり、
中世においてもすでに、水田への草肥確保のため、
野焼きによって草原が維持されていました。

 

この長きにわたり続けられてきた野焼きは、
阿蘇地域に住む動植物に大きな影響を与え、
今では生活の一部になっている生き物もいます。
そのうちの1つが「オオルリシジミ」です。

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はねの瑠璃色がきれいなオオルリシジミ



阿蘇シンボル オオルリシジミ

阿蘇地域には、オオルリシジミというシジミチョウの仲間がいます。
このオオルリシジミは、瑠璃色をしていて、
阿蘇地域と長野県の一部にしか生息していない希少な生き物で、
絶滅危惧種ⅠB類と熊本県の指定希少野生動物として保護されています。

オオルリシジミはアリとの共生関係にあり、身体から甘い蜜を出す代わりに、
アリに天敵から守ってもらったり、アリの巣に入れてもらっています。

 このオオルリシジミは、野焼きによって維持されてきた阿蘇地域と古くから密接な関係にあります。

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オオルリシジミ:はねのオレンジ色のラインが特徴

 オオルリシジミとクララ

クララと聞いて、最初に思いつくのはアルプスの少女ハイジのクララかと思いますが、
実は阿蘇には「クララ」というマメ科植物があります。

オオルリシジミの幼虫はこのクララという植物の花芽のみを食べます。
そのため、オオルリシジミのメスはクララのつぼみにたまごを産みます。

このクララは阿蘇地域の草原のあちこちに生えているのですが、
苦いらしく、牛には食べられません。
したがって、放牧によってほかの植物は牛に食べられてしまいますが、
クララだけは残るので、よく目立ちます。

クララは、継続的に野焼きが行われる場所では、茎の数が多くなります。
茎の数が多くなると、オオルリシジミの幼虫のエサとなる花芽が多くなると考えられるので、クララの生育にとってもオオルリシジミにとっても野焼きは重要です。

野焼きによる埋土種子(土に埋まっている種子)の発芽は、クズやヌルデは加熱で発芽を促進しますが、ツユクサでは逆に発芽が阻害されると言われています。。
クララについても野焼きの熱が発芽に影響を及ばすのではないかと考えられます。

オオルリシジミの成虫のエサは、ほかのチョウの仲間と同じように、
花の蜜がエサです。
その中でも、スミレやシロツメクサ、ゲンゲなどを好んでいます。
これらの植物は、野焼きをしないとカヤやススキのような背の高い植物によって
光を遮られて発芽できないか、生育が極めて悪くなります。

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クララとオオルリシジミの幼虫、幼虫にアリが群がっている



オオルリシジミはどうやって野焼きを乗り越えるのか

オオルリシジミの蛹は、クララの根もとや群落の周辺の石の下から発見されていて、野焼きの実施される2月下旬~3月下旬にかけては多くが土の中で越冬中です。

阿蘇地域のようなシバ型草地では、枯草がたまった秋に野焼きを実施した場合、炎の中の温度は5分で305℃まで上昇しますが、その地中温度は、深さ2cmでは1℃の温度上昇が観測されますが、5cmではほとんど温度上昇が観測されないとされています。

ススキ草地で野焼きを実施する前後の土壌動物相を調査したところ、ミミズ、等脚類、結合類、イシムカデ、鞘翅目幼虫などの微小な動物に野焼きの火による直接的な被害が大きいことが報告されています。

このことから、地表近くで越冬している蛹は野焼きで焼け死ぬことがあると考えられますが、地下5cm前後の土中で越冬している蛹には、野焼きの火や熱による直接的な被害はないと考えられています。
アリに対する野焼きの火や熱による直接的な影響はありませんが、野焼き後の環境変化は、アリの生息に大きく影響することが知られています。
オオルリシジミはアリと共生関係にあるため、アリの生息に影響があると、
間接的にオオルリシジミに影響を及ぼす可能性があります。

 

野焼きは、一見野山を焼き、環境を破壊しているように見えますが、
景観や固有の自然を守るためには必要な文化なのです。

阿蘇大自然の危機

阿蘇地域の野焼きは、阿蘇地域の少子高齢化や後継者不足によって野焼きがされなくなる事例が相次いでいます。
野焼きをやめることは、その地域の植生を大きく変化させることが知られています。
野焼きが草原の植物相の遷移を止める重要な働きをしています。
毎年野焼きをしていると、草丈の低い植物が多くなり、ススキの草丈も低くなり、出穂率も減少します。
ススキの草丈や出穂数は、野焼きをやめると草丈は高くなり、出穂数も多くなります。
ススキなどの背の高い植物が多くなると、オオルリシジミがクララを見つけることができなくなり、オオルリシジミの数が減少します。

少子高齢化や後継者不足で野焼きの文化が失われてしまうと、
オオルリシジミをはじめとした阿蘇の希少な生き物が絶滅してしまう
可能性があります。

阿蘇は箱舟プロジェクト

東海大学農学部の学生を中心として、オオルリシジミをはじめとした阿蘇地域の希少生物の保護活動をメインに活動を行っている学生団体です。
100名以上のメンバーと10年以上の活動実績がある大きな団体です。
2020年度には「環境大臣」を受賞しました。
東海大学農学部に入学される方などは、ぜひ参加してみてください!

hkbn.challe.u-tokai.ac.jp