日本の動物愛護#3 法制定と現代の動物愛護

前回の続きです!

今回は動物愛護管理法の制定と主要団体の設立、そして現在の動物愛護です。

 

動物愛護法の制定まで

戦後、日本の現代の動物愛護活動が本格的に始まりましたが、

日本には欧米の「動物虐待防止法」のように動物を保護するための法律はありませんでした。

 

法律の制定については、何度か「動物虐待防止法案」が提出されていましたが、

実現には至りませんでした。

 

昭和38年1963年に日本動物愛護協会日本動物福祉協会日本獣医師会日本鳥獣保護連盟の4団体が発起世話人となり、「動物虐待防止法」の制定を促進するための署名活動が行われました。

さらに、昭和40年(1965年)には動物愛護関係の23団体によって「全日本動物愛護団体協議会」が結成され、民間ベースでの法案も作成されました。

国内でこうした活動が行われた一方で、昭和44年(1969年)から昭和45年(1970年)にかけて、当時、日本への犬の最大輸出国だったイギリスの大衆紙が、日本での犬の扱い方を非難し、犬を虐待しいる日本には輸出をやめようというキャンペーンを実施しました。
欧米の動物愛護団体からも、日本で動物保護の法律が制定されていないことに強い批判が寄せられました。

 

そうしたさまざまな動きを経て、昭和48年(1973年)、「動物の保護及び管理に関する法律」(旧法)が議員立法により制定されました。

この旧法は、1999年に改正されて現在の「動物の愛護及び管理に関する法律動物愛護管理法」になり、改正を繰り返しながら、現在に至ります。

 

こうして多くの人々の努力によって制定された旧法ですが、多くの問題を抱えていました。

1つは、この法律を所管する省庁が総理府とされたものの、実際に動物関連の行政を行っていたのは、産業動物や獣医師、検疫に関わる農林省狂犬病予防法を所管する厚生省など、受け持ちが異なっていて、複雑になっていました。

 

さらにもう1つ、総理府には動物のことを担当するための専門家がいなかったこと、都道府県においての実際の業務担当部署が定まらず、国のレベルでは総理府が所管としていても、都道府県などにおいては狂犬病予防接種、登録などの業務は保健所で、野生動物を含むその他の動物は農林部というねじれ現象を起こし、その結果として法律を具現化していくのに必要な、組織、人材、手段、資金などの裏付けがないままのスタートとなりました。

 

しかしながら、法律が成立されたことは、動物愛護団体や愛護家にとって喜ばしいことであり、以前にもまして動物を愛護する活動が活発になりました。

 

その後、昭和54年(1979年)には、日本愛玩動物協会が、法律施行後の最初の動物愛護を目的とする社団法人として内閣総理大臣の許可を受け設立、また、財団法人日本動物愛護協会、社団法人日本動物福祉協会の2団体が農林省から総理府の所管に移管されました。

さらに、昭和57年(1982年)には社団法人日本動物保護管理協会が設立されました。これによってようやく法律の普及啓発に従事する機関、人員、手段がそろいはじめたといえます。

 

日本愛玩動物協会など内閣府所管の団体は、

平成7年(1995年)1月17日に発生した阪神淡路大震災で、

兵庫県南部地震動物救援本部」として、地元の行政機関や民間ボランティアが設置した現地本部とともに、被災した飼養者、動物のためにさまざまな救援活動が行いました。

 

また、阪神淡路大震災の際、多くの人がボランティア活動に興味を持ち、違和感なく受け入れるようになりました。

このころから、多くのボランティア団体やNPO法人が設立されました。

動物愛護団体も例外なく、多くの動物愛護団体が90年代に設立されました。

 

世論が動物愛護の重要性を認識し始めたのは、平成9年(1997年)に発生した、

神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)」です。

犯人の少年が動物虐待をしていたことが報道され、動物虐待と凶悪事件との関連性が指摘されました。

 

現在では、動物愛護と管理は環境省の所管となりました。

また、多くの動物愛護団体や愛護家が全国で活動しています。

 

中には高校生や大学生が活動している例もあります。
以下はその例です。

東海大学あにまるれすきゅープロジェクト
Twitter @aniresTOKAI
アメブロあにまるれすきゅープロジェクト

ameblo.jp

青森県立三本木農業高校

    

青森県立三本木農業高等学校

www.sanbongi-ah.asn.ed.jp

このほかにも活動している方々がたくさんいらっしゃいます!